歯周病治療・歯周病研究 論文紹介p010(no.036-037)
No.037
Adjunctive treatment of chronic periodontitis with daily dietary supplementation with omega-3 Fatty acids and low-dose aspirin.
El-Sharkawy H, Aboelsaad N, Eliwa M, Darweesh M, Alshahat M, Kantarci A, Hasturk H, Van Dyke TE.
J Periodontol. 2010 Nov;81(11):1635-43.
宿主修飾治療が歯周病の治療として提案されている。ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)を含むオメガ3 多価不飽和脂肪酸(PUFA)は、歯周炎を含む炎症性疾患に対し、治療的な亢炎症性と防御性作用を持つことが示されている。この研究の目的は、臨床研究で歯周治療に対する革新的な戦略を試みることである。進行した慢性歯周炎に罹患した80人の被験者(各グループ40人づつ)が、パラレルデザイン、二重盲検の臨床研究において、エジプトのマンスーラで登録された。コントロール群はスケーリングとルートプレーニング(SRP)処置とプラセボサプリメントを服用したのに対し、ω-3群はSRP処置を受けるのに加えて魚油(900mgEPA+DHA)と81mgアスピリンを毎日摂取した。ベースライン時、3および6ヶ月後にreceptor
activator of nuclear factor-kappa B ligand (RANKL) およびmatrix metalloproteinase-8
(MMP-8)の評価のために、全ての被験者から唾液サンプルが回収された。プラーク指数、歯肉指数、プロービング時の出血、プロービング深さ、アタッチメントレベルが同時点で記録された。
統計学的な解析から、ベースライン時やコントロール群に比較して(P<0.05)、ω-3群の3ヶ月後および6ヶ月後では有意なプロービング深さの減少と有意なアタッチメントゲインが示された。唾液中のRANKLとMMP-8レベルは、3および6ヶ月後に治療に反応したω-3群において、また6ヶ月後のコントロール群に比較して、有意な減少を示した(P<0.01)。ω-3+アスピリンを補給することで、4mm以下のプロービング深さの頻度が有意に増加した。この予備的な臨床研究の結果は、ω-3PUFAと81mgアスピリン補給が歯周治療を補強する、持続可能な、低コストの介入となりうる可能性を示している。
(私の感想:歯周病は歯周病を引き起こす細菌達が原因で発症、進行するが、その組織破壊は細菌たちの直接的な作用というより、生体の過剰な炎症反応の結果だと考えられている。そのため、歯周病治療の主体は原因菌達の除去であるが、組織破壊を抑制するために、生体の免疫・炎症反応を制御(host-modulation)することが有用な治療法になるのではないかという発想が生まれる。
炎症の制御ですぐに思いつくことは、消炎・鎮痛剤を用いることであろう。ところが、通常よく使用されるような消炎鎮痛剤は、効果の程がイマイチなのに副作用の問題がやっかいだ。
ここでタイトルにあるオメガ3 多価不飽和脂肪酸(PUFA)はあまりなじみのない物質かもしれない。でもドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)といえば、聞いたことのある人は多いだろう。近所のスーパーでも流れていた、「サカナ、サカナ、サカナ~ サカナ~をたべ~ると~ あたま、あたま、あたま~ あたま~が良くなる~ 」の歌の根拠となる栄養素である(頭がよくなることの科学的根拠はないようだが)。これらは、リウマチ、潰瘍性大腸炎、心血管系疾患などで抗炎症や生体防御作用を発揮することが知られ、さらにオメガ3脂肪酸からはレゾルビンおよびプロテクチンという炎症を緩和するメディエーターが生じる。また、EPAやDHAはアスピリンの存在下で別のメカニズムによる抗炎症作用を発揮するということだ。これらのことから、PUFAが幾つかの疾患に対する新たな治療薬としての開発なんかが考えられている。
今回の研究では、歯周基本治療に加えてDHAとEPAに低容量アスピリンを服用してもらうと歯周病治療に効果があったよ、という報告だ。歯周基本治療をおこなうと、どちらの群もプラーク指数(PI)、プロービング時出血(BOP)、歯肉炎指数(GI)、.ポケット深さ(PD)、臨床的アタッチメントレベル(CAL)の有意な改善がみられている。ところが、PI、BOP、GI.では処置後のコントロール群とωー3群間に有意な差がみられないかったのに対して、PD、CALではみられている。こりゃすごいね。生体防御、抗炎症作用があるからと服用したサプリメントで、歯茎の炎症反応を示すBOPやGIで有意差がでないのに、PDの減少だけでなく、組織付着の回復を示すCAL獲得に有意差がみられるなんて!
気になるのは低容量バイアスピリンも服用することだ。低容量アスピリンは脳梗塞、心筋梗塞の予防などで長期に服用される薬剤である。血液サラサラになるし、消化器潰瘍の発生も指摘されている。
いずれにせよ、歯周病の改善に有望な栄養素のようだが、飲んだら歯周病に効く!ってなるかな??
PIは歯垢の付着程度、BOPは歯茎の内面に炎症があるかどうか、CALは歯がどれぐらい周囲の組織でしっかり支えられているかの指標。
サプリメント、脂肪酸、マトリックスメタロプロテアーゼ、歯周炎、RANKリガンド
(平成23年8月18日追記)
コーヒーブレイク1
英文雑誌で、歯周病専門の雑誌を三つあげろと言われたら、「journal of periodontology(JP)」 「journal of
periodontal research(JPR)」「 journal of clinical periodontology(JCP)」である。JPはアメリカ歯周病学会の機関誌で、最も古い。JCPの基盤はヨーロッパである。(もちろんどの雑誌もどこの国から誰でも投稿できる)JPRは臨床的な内容より基礎的な内容の論文を主として掲載する。この雑誌へはアジアからの投稿が多いらしい。出版社はアジアも重視したいらしく、アジアからもエディターを選出している。で、現エディターの一人が、日本いや世界の歯周病研究第一人者である、村上伸也教授(大阪大学)である(先代の岡田宏名誉教授もエディターをされていた)。
出版社からの依頼が来たときには最初悩んでいた。エディターは責任があるし、忙しくなるからね。でもエディターの依頼なんて誰にでも来るわけじゃない。
No.036
Risk assessment for buccal gingival recession defects in an adult population.
Sarfati A, Bourgeois D, Katsahian S, Mora F, Bouchard P.
J Periodontol. 2010 Oct;81(10):1419-25
歯肉退縮における全身的、環境的、歯周組織のリスク因子については殆ど知られていない。この研究はフランス成人における頬側歯肉退縮に関連する変数を同定することを目的とする。この研究では 第一回国民歯周組織および全身的調査で収集されたデータを基にしている。この横断的調査は、年齢、ジェンダー、社会経済的状態、地理的領域により層別化された割当法により得られた、国民の代表的なサンプルから2074被験者(年齢35-65才)を含んでいる。被験者は全顎的歯周組織診査、喪失歯の評価、ラボ試験そして質問票調査を受けた。本解析では、各々の被験者における頬側歯肉退縮が本研究の対象とする評価結果であり、歯肉退縮の重症度と広がりに基づく基準によって評価された。
サンプルの84.6%は少なくとも1箇所の歯肉退縮を有していた。後退的選択法を伴う多変量線形回帰モデルは、年齢(P >0.001), ジェンダー (P = 0.003), プラーク指数 (P <0.001), そして喫煙 (P <0.001)が歯肉退縮の広がりと関連していた。これらの変数に加えて、喪失歯数 (P <0.001)と歯肉出血歯数(P = 0.010)が歯肉退縮の重症度と関連していた。
この研究は 歯肉退縮に対するリスク因子が歯周病に対する従来から言われるリスク因子と類似していることを示した。しかし、今回のモデルでは、糖尿病、BMI指数の増加、アルコール摂取は歯肉退縮との関連がないことが示された。
(私の感想:歯肉退縮とは、歯茎が下がって歯の根が長く見えている状態のことである。どのような要因が、この歯茎が下がることと関係があるのか?局所的な要因を調べた報告は少なくない。この報告は全身的な要因との関連をみた報告で、このような報告は少ない。結論的には上述のように歯周病のリスク因子と重なるので、歯肉退縮と歯周病とは相互作用的に関連深いということだ。ただし、歯周病のリスク因子とされる、糖尿病などは関連がみられなかったようだ。
歯肉退縮は審美的に、あるいは歯茎がどんどん下がっている気がすると、訴えのある人がいるが、まずは歯周病の進行を抑制し、また予防に気をつけようということか。
歯肉退縮、歯周病、リスク因子、多変量解析、疫学
(平成23年8月13日追記)